- 更新 12/30,2008-




「関連性評定に基づく質的分析」第三型式研究について

― 複数評定者による評定を比較し異同の意味を検討する ―
「トライアンギュレーション」を分析的に実行する


 葛西 俊治
(元・札幌学院大学心理学部臨床心理学科教授)

 関連性評定質的分析における「第三型式研究」とは「一つの逐語録」を「複数の評定者」が分析を進めていく研究型式です。複数の評定者が関わるこうした研究形態はそれほど一般的ではありませんが、こうした研究形態によって次のような研究が実現されることに意義があります。
 それは、「質的研究におけるトライアンギュレーション」について、「三角測量(triangulation)な見方が必要である」といったような抽象的なレベルを超えて、「複数の評定者がどの程度類似した判定をしていて、それはどのような判定か」あるいは「どの程度多様な評定があり、それはどのような内容か」を数理的に明確に把握することが可能となるからです。言い換えれば、これまで理念的に語られることが多かった「トライアンギュレーション」から一歩抜け出し、「中心的な評価と個別的で多様な評価」を明確に提示することが可能となるのです。
 その基本は、数量化理論V類による分析結果を複数の評定者の間で比較するもので、相関係数や因子分析などを用いて数理的に解析を行うことにあります。
 
    第三形式研究における前提
  • 「各評定者による関連性評定は個人毎に異なっているだろうこと」
  • 「カード布置におけるカードグループの構成やそこに含まれるカードも
    様々に異なっていること」
  • 「カードグループに与えられるラベルの意味内容も異なっていること」
 こうした前提に基づいて、次のように分析を進めていくことにします。ここでは実際に7人の評定者に「一つの逐語録」を分析対象として行った例を示しますが、とりあえず、以下に一般的な手順をまとめておきます。
 
  1. 7人の評定者によるカード布置から「カードとラベルの対応表」を作成する。
  2. 7個の対応表をそれぞれ数量理論V類で分析する。
  3. 数量化理論V類は、これまでは主に「ラベルの軸構造」についての
    「カテゴリースコア」の出力を利用している。V類はそれと同時に
    「カードの軸構造」をも分析し「カードスコア」として算出するのでそれを利用する。
  4. 7人の評定者による「カードスコア」について、それらの間の相関係数を計算して比較する。
  5. 「カードスコア」の相関係数に基づいて因子分析を行いカードスコアの類似性を分析する。  

ここで用いる9枚のカードは、「関連性評定質的分析」講習会(8/11,2008)に際して、北海道医療大学看護福祉学部看護学科助教・二本蝸謗qさんの協力を得て、透析に関する9個のカテゴリーを仮想的に列挙したものです。この場を借りてお礼申し上げる次第です。なお、ここではあくまでもKH法の分析手法の練習と解説を目的としているため、本来の研究テーマとの対応は考慮していません。また、KH法によって「カード布置」を行った7名はそれぞれに多様な背景をもつことから様々な異なった「カード布置」となっています。(「カード布置」は2名によるものを以下に表示します。)

なお、様々に異なる「カード布置」が得られると、従来、数量的アプローチを絶対視するような人々の中には、質的アプローチのそうした点を取り上げ「一般化に至らない」と批判するといった展開があったようです。ここでは、そうした批判に対して、様々に異なる「カード布置」を数量化理論V類によって分析することによって、「カード布置」の異同の状況を数理的に解析する方法を示しています。
質的アプローチ・数量的アプローチを統合的に用いるこうしたアプローチに基づくことにより、抽象的で不毛な批判から一歩抜け出して、より実りある研究を進めていくことを目指しています。


ここでは、7名の評定者の中から二人を取り上げてみます。まず評定者REによる「カード布置」「カードとラベルの対応表」「数量化理論V類による分析結果」(ラベルについての「カテゴリースコア」、カードについての「カードスコア」)を示します。
なお、7名の評定者はRE、KA、ON、IS、HA、TS、SHの略称で示します。とりあえず、評定者REと評定者KAの結果を示し、この二名の比較を進めることにします。


評定者REによる「カード布置」



評定者REによる「カードとラベルの対応表」(SPSSデータとして表示)



数量化理論V類 V2.2(3/2004)
 
●相関係数    (評定者REによる対応表を分析)
 
         固有値     相関係数   全分散に対する累積比
 
     1   0.42197     0.64959     0.42197
     2   0.28498     0.53384     0.70695
     3   0.19536     0.44200     0.90232
     4   0.05536     0.23530     0.95768
     5   0.04232     0.20572     1.00000
     6   0.00000     0.00017     1.00000
     7   0.00000     0.00000     1.00000
     8   0.00000     0.00000     1.00000
     9   0.00000     0.00000     1.00000
    10   0.00000     0.00000     1.00000
    11   0.00000     0.00000     1.00000
    12   0.00000     0.00000     1.00000
 
●カテゴリースコア
 
                        1     2     3     4     5
   変数      値      カウント
   M11
                0.    7   0.62367  0.48414  0.07385 -0.78568 -0.68715
                1.    2  -2.18499 -1.69450 -0.25848  2.74988  2.40830
   M21
                0.    6   0.90689  0.63490  0.08199  0.39894  0.82877
                1.    3  -1.81521 -1.26979 -0.16398 -0.79787 -1.65536
   M12
                0.    7  -0.00048 -0.79875  0.69289 -0.42707  0.00073
                1.    2  -0.00048  2.79564 -2.42512  1.49474  0.00073
   M13
                0.    7  -0.62252  0.48414  0.07385 -0.78568  0.68234
                1.    2   2.17667 -1.69450 -0.25848  2.74988 -2.38491
   M22
                0.    6  -0.90478  0.63490  0.08199  0.39894 -0.81977
                1.    3   1.80813 -1.26979 -0.16398 -0.79787  1.64173
   L5
                0.    8  -0.00277 -0.25344 -0.72926 -0.22472 -0.00493
                1.    1   0.04371  2.02748  5.83410  1.79775  0.00656
 
●ケーススコア
 *ラベルに付与されたカテゴリースコアとともに、
 [追加統計][ケース得点]を選択するとケーススコアが次のように出力される。
 
           RE1     RE2     RE3     4     5
   ケース番号                                ウェイト
   L1. -0.92179 -0.48291 -0.05050  0.15225  0.10189  1.00000
   L2.  0.45215 -0.11980  0.00489 -0.43701  0.41025  1.00000
   L3. -0.45368 -0.11980  0.00489 -0.43701 -0.41402  1.00000
   L4. -0.92179 -0.48291 -0.05050  0.15225  0.10189  1.00000
   L5.  0.00775  0.57780  1.13978  0.09953  0.00192  1.00000
   L6.  0.91869 -0.48291 -0.05050  0.15225 -0.10096  1.00000
   L7.  0.91869 -0.48291 -0.05050  0.15225 -0.10096  1.00000
   L8.  0.00000  0.79671 -0.47378  0.08276  0.00000  1.00000
   L9.  0.00000  0.79671 -0.47378  0.08276  0.00000  1.00000

(評定者REについての分析結果)





評定者KAによる「カード布置」



評定者KAによる「カードとラベルの対応表」(SPSSデータとして表示)




数量化理論V類 
  評定者KAによる「カードとラベルの対応表」の分析結果
 
●相関係数
 
         固有値     相関係数   全分散に対する累積比
 
     1   0.39614     0.62940     0.39614
     2   0.21675     0.46557     0.61289
     3   0.18367     0.42857     0.79657
     4   0.16071     0.40089     0.95728
     5   0.04272     0.20669     1.00000
     6   0.00000     0.00021     1.00000
     7   0.00000     0.00000     1.00000
     8   0.00000     0.00000     1.00000
     9   0.00000     0.00000     1.00000
    10   0.00000     0.00000     1.00000
    11   0.00000     0.00000     1.00000
    12   0.00000     0.00000     1.00000
    13   0.00000     0.00000     1.00000
    14   0.00000     0.00000     1.00000
 
●カテゴリースコア
 
                        1     2     3     4     5 ←「カテゴリースコア軸」
   変数            カウント
   M11
                0.    7   0.46083  0.28093  0.98133  0.00000 -0.13760
                1.    2  -1.61291 -0.98325 -3.44267  0.00000  0.48161
   M12
                0.    7   0.46083  0.28093 -1.01188  0.00000 -0.13760
                1.    2  -1.61291 -0.98325  3.53357  0.00000  0.48161
   M21
                0.    5   1.29032  0.78660 -0.03957  0.00000 -0.38529
                1.    4  -1.61291 -0.98325  0.04545  0.00000  0.48161
   M13
                0.    7  -0.65780  0.52160 -0.02607  0.00000 -1.13808
                1.    2   2.30231 -1.82559  0.08323  0.00000  3.98329
   M22
                0.    6  -0.97324  0.65497 -0.03012  0.00000  0.86271
                1.    3   1.94648 -1.30993  0.05489  0.00000 -1.72541
   L2
                0.    8  -0.03826 -0.49142  0.06434  0.66144 -0.20311
                1.    1   0.30608  3.93140 -0.53078 -5.29150  1.62489
   L9
                0.    8  -0.03826 -0.49142 -0.02304 -0.66144 -0.20311
                1.    1   0.30614  3.93138  0.28060  5.29150  1.62489

*すでに解説したように、{値= 0}の部分は、
カードラベル M11,M12,M13,M21,M22,L2,L9の軸表示には用いません。
 
●ケーススコア
 
           KA1     KA2     KA3     4     5 ←「ケーススコア軸」
   ケース番号                           ウェイト
    L1. -0.63894 -0.21312  0.64935  0.00000  0.02057  1.00000
    L2.  0.12125  0.85214 -0.09716 -0.85042  0.06941  1.00000
    L3.  0.48916 -0.06039  0.00000  0.00000 -0.56146  1.00000
    L4. -0.63894 -0.21312  0.64935  0.00000  0.02057  1.00000
    L5.  0.91203 -0.39570  0.01562  0.00000  0.17017  1.00000
   L6. -0.63894 -0.21312 -0.63200  0.00000  0.02057  1.00000
    L7. -0.63894 -0.21312 -0.63200  0.00000  0.02057  1.00000
    L8.  0.91203 -0.39570  0.01562  0.00000  0.17017  1.00000
    L9.  0.12126  0.85214  0.03123  0.85042  0.06942  1.00000

(評定者KAについての分析結果)




評定者REと評定者KAの二人について、「カード布置」・「カードとラベルの対応表」・「数量化理論V類による分析結果」を示しました。同様の分析を残りの5人についても行いましたが、表示は省略いたします。なお、カードは「L1,L2,L3,L4,L5,L6,L7,L8,L9」で表記し、ラベルは「M11,M12...M21...」などのように文字Mを用いて表記します。注意点は、各評定者におけるM11,M12などのラベルは、名称は同じでも、そのラベルに含まれるカードは必ずしも同じではないことです。そのため、ラベルそのものを比較しても意味がないため、ラベルの軸構造よりもカードの軸構造を比較する必要があるわけです。

そこで、数量化理論V類によれば「ラベルの軸構造と同時に、カードの軸構造が算出される」という分析上の特徴を利用することにします。例えば、以下に示す評定者RE、KAについてみると、「カテゴリースコア軸」の第1軸から第5軸に対応して、9枚のカード{L1,L2,〜L9}にも、「カードスコア軸」が第1軸から第5軸まで計算されています。
次に、評定者REと評定者KAについて、それぞれ、「カテゴリースコア軸の第T軸と第U軸」および「カードスコア軸の第T軸と第U軸」を描画してみることにします。

評定者REによる「ラベルの軸構造」

*評定者REでは、L5は独立カードなのでラベル扱いです。

カード布置 RE(再掲)


評定者REによるによる「カードの軸構造」


評定者KAによる「ラベルの軸構造」

*L2,L9は評定者KAでは独立カードなのでラベル扱いです。

カード布置 KA(再掲)


評定者KAによる「カードの軸構造」



評定者REとKAによる「カードの軸構造」を見てください。横軸となっている「第T軸」と縦軸になっている「第U軸」による二次元・平面空間上に、{L1,l2...L9}までの9枚のカードの位置が示されています。この第T軸・第U軸は、評定者REとKAについて得られている「ラベルの軸構造」(カテゴリースコア)に対応して、「カードの軸構造」(ケーススコア)として算出されていることはすでに述べました。
評定者REとKAの「カードの軸構造」についてそれぞれ第V軸までに注目して、3本x3本、合計9個の相関係数を計算してみることにします。これは、{L1,L2...L9}の9枚のカードが各軸上に並んでいる順序についての相関です。ここでは、参考までにピアソン相関係数を計算してみます。
相関係数を計算するデータは、数量化理論V類による「ケーススコア」として得られているもので、以下の数値になっています。

評定者7名から得られた「ケーススコア」を、7名それぞれ第V軸まで注目して表示。

これら7x3=21個の相関係数を計算するわけですが、21x(21-1)/2=210個の数値が出力されるので膨大な表になってしまいます。以下では、評定者RE・KA・ONの三名についてのピアソン相関係数を表示します。

*ケンドール順位相関、スピアマン順位相関も計算可能。ただし、ケーススコアとして得られた実数値情報を順位に落としてまで計算する必要はないでしょう。なお、各評定者による三つのケーススコア軸{RE1,RE2,RE3}および{KA1,KA2,KA3}および{ON1,ON2,ON3}について、それぞれ{ }内の組み合わせによる相関は原理的にはゼロですが、以下の表では計算誤差のため必ずしもゼロとなっていないので注意。


ピアソン相関 (両側検定)
    RE1 RE2 RE3 ON1 ON2 ON3 KA1 KA2 KA3
RE1

 
相関 1.000 .002 .004 .751* .581 -.035 -.042 .151 -.959**
p値   .995 .993 .020 .101 .928 .914 .698 .000
RE2

 
相関 .002 1.000 .000 .302 -.492 .316 .830** .202 .020
p値 .995   1.000 .429 .179 .407 .006 .602 .959
RE3

 
相関 .004 .000 1.000 -.323 .129 -.083 .272 -.335 -.004
p値 .993 1.000   .396 .741 .833 .478 .378 .992
ON1

 
相関 .751* .302 -.323 1.000 -.001 .000 .316 .330 -.817**
p値 .020 .429 .396   .997 1.000 .407 .386 .007
ON2

 
相関 .581 -.492 .129 -.001 1.000 .033 -.707* .040 -.487
p値 .101 .179 .741 .997   .933 .033 .919 .184
ON3

 
相関 -.035 .316 -.083 .000 .033 1.000 .078 .899** .212
p値 .928 .407 .833 1.000 .933   .843 .001 .584
KA1

 
相関 -.042 .830** .272 .316 -.707* .078 1.000 .000 .000
p値 .914 .006 .478 .407 .033 .843   1.000 .999
KA2

 
相関 .151 .202 -.335 .330 .040 .899** .000 1.000 -.042
p値 .698 .602 .378 .386 .919 .001 1.000   .914
KA3

 
相関 -.959** .020 -.004 -.817** -.487 .212 .000 -.042 1.000
p値 .000 .959 .992 .007 .184 .584 .999 .914  

これを見ると、たとえばRE1とKA3の相関が{-0.959}と高い負の数値であることが分かります。正負の意味はともかく、評定者REと評定者KAでは、互いに極めて類似した判断基準によって「カード布置」を行っていたと考えられるでしょう。(負の相関なので、判断基準が逆転していると想像できます)。同じく、RE2とKA1との相関が{0.830}と高い正の相関にあることから、評定者REと評定者KAは、カード布置に際して注目する属性や要素に共通のものがあるといえるでしょう。
また、評定者ONは評定者REとは、RE1とON1の間に{0.751}の比較的高い相関があることから、この両者がともに(最も?!)注目している属性・要素が共通していることが考えられるとともに、{RE2,RE3}と{ON2,ON3}にはあまり高い相関がないことから、カード布置を行った際の評定基準は少なくとも一つはかなり類似しているが、それ以外の基準は相互に異なっていることが考えられるわけです。
このように一つずつ比較していけばいいのですが、対比の個数が多いので以下のようにします。



すなわち、相関係数を眺めるだけでは全体像がつかみずらいので、RE1,RE2,RE3,KA1,KA2,KA3,ON1,ON2,ON3の相関係数に類似するものを見つけ出すために因子分析を行うことにします。 (とりあえず主因子分析+VARIMAX回転)
 
 
説明された分散の合計
成分
 
初期の固有値 抽出後の負荷量平方和 回転後の負荷量平方和
合計 分散の % 累積 % 合計 分散の % 累積 % 合計 分散の % 累積 %
1 2.967 32.969 32.969 2.967 32.969 32.969 2.955 32.837 32.837
2 2.590 28.780 61.749 2.590 28.780 61.749 2.602 28.912 61.749
3 1.916 21.294 83.043            
4 1.140 12.664 95.707            
5 .341 3.784 99.491            
6 .046 .509 100.000            
7 1.920E-16 2.133E-15 100.000            
8 6.179E-17 6.865E-16 100.000            
9 -7.330E-17 -8.144E-16 100.000            
因子抽出法: 主因子分析              


ケーススコアを類似度を把握するために因子分析を行ってみると、固有値が{1}以上のものが四つあることが分かったので、四つの次元を考えればRE1,RE2,RE3,KA1,KA2,KA3,ON1,ON2,ON3のケーススコアを把握できると考えられます。ここでは、そのうち、第一次元と第2次元の平面上に、評定者三名のそれぞれ三つずつあるケーススコアをプロットして、それらの類似度あるいは距離をみてみましょう。

すでに相関係数の比較から次の三点が分かっています。すなわち―
RE1とKA3の相関が{-0.959}
RE2とKA1との相関が{0.830}
RE1とON1の間に{0.751}
そうした関係が因子分析による以下の二次元図に表現されています!。

*図上の各項目について、二つの点の相関係数は、原点を介した二つの点の角度によって表現されます。90度は相関ゼロであり、一致すれば相関{+1}であり、二つの点の角度が近いほど相関が高いという関係にあります。
*なお、{RE1,RE2,RE3}、{KA1,KA2,KA3}、{ON1,ON2,ON3}といった三つ組み内の項目の(原点を介した)角度が必ずしもそれぞれ90度になっていませんが、{RE1,RE2,RE3,KA1,KA2,KA3,ON1,ON2,ON3}の間に共通の軸を見いだそうとする因子分析の基本方針に基づいて「斜めに」見ているためです。



因子分析で確認された相関の高さを詳細に見るためには、9枚の聞き取りカードが実際にどのようにグループ化されているかを確認する必要があります。
そのため、評定者REの「カード布置」上に{RE1,RE2,RE3}のプラス側とマイナス側、および、評定者KAの「カード布置」上に{KA1,KA2,KA3}のプラス側とマイナス側を記入してみたのが以下の図です。



評定者KAの「カード布置」


上下の「カード布置」を見比べてRE1とKA3の相関が{-0.959}RE2とKA1との相関が{0.830}との関係をみてみます。なお、「相関が高い」ということは一致している部分が多いということなので、完全に一致しているわけではありません。

評定者REによるケーススコア軸に関わる対比的なラベルを取り出しておきます。
  1. RE1:「体の変化に気づかない」―「自分を大切にすべきだった」軸
    {L1 L4,L3}-{L6 L7,L2}
  2. RE2:「常にだるく、透析に至った」―「体に気づかず、大切にすべきだった」軸
    {L5,L8 L9}-{L1 L4,L3;L6 L7,L2}
  3. RE3:「常にだるかった」―「透析に至った」軸
    {L5}-{L8 L9}

評定者KAによるケーススコア軸に関わる対比的なラベルを取り出します。
  1. KA1:「悪化にも気がつかなかった」―「育児や入園を考え医師に話した」軸
    {L5 L8,L3}-{L1 L4, L6 L7}
  2. KA2:「大切にすべきだった・透析に至った」―「気がつかなかった・医師に話した」軸
    {L2 L9}-{L5 L8,L3; L1 L4,L6 L7}
  3. KA3:「子どもを優先した」―「育児や入園を考え医師に話した」軸
    {L1 L4}-{L6 L7}

ラベルの記述は評定者によって異なりますが、そこに含まれているカードは共通のものが多くあることが分かります。
「ケーススコア」の相関をみるために因子分析を行った結果、評定者RE、KA、ONの三人の評定基準を示すと考えられる{RE1,RE2,RE3,KA1,KA2,KA3,ON1,ON2,ON3}には、極めて近いものから互いに離れているものまで様々であることが分かりました。これは、個々人の評定基準がそれぞれに独自でありかつ多様であること同時に、極めて類似して共通のものもあることを示す結果となりました。

◆◆このことを評定者7名全員についても見てみましょう。数量化理論V類による「ケーススコア」軸を各評定者からそれぞれ三つ取り出します。すなわち、{RE1,RE2,RE3, KA1,KA2,KA3, ON1,ON2,ON3, IS1,IS2,IS3, HA1,HA2,HA3, TS1,TS2,TS3, SH1,SH2,SH3}の21個に注目して、これらの相関係数から因子分析を行うわけです。(主因子分析+Varimax回転)

◆◆[再掲 ケーススコア・データ]

 
◆◆説明された分散の合計 (評定者7名のケーススコアの因子分析)
成分
 
初期の固有値 抽出後の負荷量平方和 回転後の負荷量平方和
合計 分散の % 累積 % 合計 分散の % 累積 % 合計 分散の % 累積 %
1 6.039 28.756 28.756 6.039 28.756 28.756 5.966 28.407 28.407
2 4.399 20.949 49.704 4.399 20.949 49.704 4.472 21.297 49.704
3 3.455 16.454 66.159            
4 2.844 13.541 79.699            
5 2.306 10.979 90.679            
6 .870 4.145 94.823            
7 .631 3.003 97.826            
8 .457 2.174 100.000            



因子分析の結果、図に示した第T軸と第U軸で分散の49.7%が説明されることが分かりました。評定者7名xケーススコア3項目=21個の項目の布置から、第T軸のプラス側にSH1,HA1,KA2,IS3,ON3が集まり、マイナス側にはTS3があること。第U軸のプラス側にはTS1,KA1,HA2,KA3等が集まり、マイナス側にはON2,RE1,IS2といった項目が集まっています。つまり、ある評定者の第1ケーススコア{RE1,KA1,ON1,IS1,HA1,TS1,SH1}が他の評定者の第2ケーススコア{RE2,KA2,ON2,IS2,HA2,TS2,SH2}や第三ケーススコア{RE3,KA3,ON3,IS3,HA3,TS3,SH3}の近くにある、すなわち相互に混在しつつ類似していることが示されているわけです。

固有値が1.00以上に注目すると、第X軸までの累積説明率は90.679%となります。つまり、7名の評定者は5種類の異なる次元、属性に基づいて評定を行っていたと分かります。その中にはきわめて近い評定基準の者もいればある程度異なる評定基準の者も含まれることはすでに示したとおりです。
このことは、例えば次のような推測をもたらします。一つには、経験量や専門領域が近い者は類似した評定基準を用いているだろうから、ラベルの集約過程と空間配置が表面的には異なるものに見えたとしても、数量化理論によって分析される軸構造はきわめて近いものになる可能性がある、ということです。
それと同時に、評価基準が異なるなるように見える場合でも、各評定者がもちいた評価基準が単に異なっているというだけではなく、実は、ある評定者が用いた二次的三次的な評価基準が、他の人にとっては最も中心的で重要な評価基準になっていたりするなど、「評価基準の重要性の順序」という観点を必要とする事態なのではないか、ということです。

このことを少し考えていくと…
これまでの質的分析では、評定者の間で差があることがまるで良くないことであるかのように扱われていたのではないでしょうか?
「一般性」「平均的」なことを重視するあまり、本来的に存在する「評価基準の多様性の問題」と同時に「評価基準の重要性の順序についての評定者間での相違」をきちんと把握して来なかったのではないでしょうか?
人は様々に多様であり個別性をもつ存在であることを自覚すれば当然であるこうした疑問が、数量的アプローチに限らず質的アプローチにおいても、これまでに十分に議論され正しく把握されてきたのでしょうか…。



さて、以上の吟味から「質的分析」について極めて重要な理解が得られたと考えられます。
  1. 評定者の基準は様々であるとともに極めて類似するものが存在すると推測されること。
  2. 多様な評定基準のどの基準が重要であるかといった重要性の順序は、評定者ごとに異なると考えられること。
  3. その意味では「一般的な基準」や「平均的な基準」ということではなく、よく用いられている「最頻的な基準」に注目すべきこと。
  4. 「最頻的な基準」とは、その意味で「代表的な基準」と呼ぶことができ、それとの対比によって個別的で独得な基準を識別することができること。

なお、こうしたa)b)c)d)の指摘はそのまま、葛西「解釈的心理学研究における理論的基盤とアブダクションに基づくモデル構成法」(2005)において指摘された「モデルの多重併存状態」という事態が妥当することを指し示すものと考えられます。つまり、9枚のカードを対象にして7名が行った「カード布置」が様々な内容のものとなったことは、評定者はそれぞれの見方に基づいて「カード群の構造」を見てとっており、それぞれに特徴的な「(カードの意味内容についての)要約のモデル」を提起したといえるからです。




 ここでは、質的研究形態の一つ「第三型式」研究形態の実際的な進め方を解説しました。繰り返しになりますが、質的研究の「第三型式」研究形態とは、「複 数の評定者」が「カード化された単一の逐語録」を評定するという形態です。こうした研究形態によって、一人の評定者による一面的な見方が改善されることが 期待されます。この点は、すでに述べたようにGTAやIPAが「トライアンギュレーション」と呼んで重視していることはよく知られています。ただし、GTAやIPAでは、複数評定者による評定をどのように集約していくかについては、厳密に操作的な手法を示しているとはいえません。また、多くの対象について質的分析を進めることによって、ある一定の理解へと収斂していくという考え方、すなわち「理論的飽和」という概念についても、そのことを操作的に実現していくための厳密な方法は示されていません。
それに対して、ここで進めてきた関連性評定質的分析の第三形式研究とは、数量化理論V類の力を借りることによって、「トライアンギュレーション」と「理論的飽和」という質的研究にとって肝要な事柄をより適確に実現する方法を提供するものであることが明確になったといえるでしょう。



「関連性評定に基づく質的分析」第三型式研究について
― 複数評定者による評定を比較し異同の意味を検討する ―
「トライアンギュレーション」を分析的に実行する

葛西俊治, 2008

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