◆ ボディラーニング・セラピー ◆

(2/19,2017 更新)



ボディラーニング・セラピーとは


ボディラーニング・セラピーとは、 身体と心とのつながりを体験的に知ることによって、身心の深層に分け入る身体心理療法です。

「からだ」とはそのままで「無意識・下意識」の有り様を正直に映し出す鏡のように働くことがあります。したがって、「からだ」に起こっていることに気がつ くことにより、「こころ」の深い層の有り様をうかがい知ることができ、そうした気づきを通じて、「からだとこころ」の統合をさらに深めていくことができます。
身体心理学という領域のうち、「身体は無意識内界を映し出す」という理解に基づいて「こころとからだ」の関係を体験的に了解していくボディラーニングセラピーは、身体心理療法と一つとして位置づけられています。



 C.G.ユングは「普遍的無意識」という概念によって、人は個我として閉じているのではなく、心の奥の深い層には人類が共通にもつ無意識層があることを唱えました。
 その「普遍的無意識の層」は、夢や非因果的共時性などとして現れるだけではなく、実は、我々の身体が示す様々な「無意識的な反応」の中にも存在しています。ユング心理学では、太母、アニマ・アニムス、老賢者などの概念とイメージがしばしば登場します。しかし、そうした概念的な内容や理念や理解に先立って、アメーバーから魚類を経て、最終的には哺乳類へと至った人類の身体には、それよりも深い無意識的な身体反応が数多く潜んでいます。

 たとえば、地面や床に寝転がること、身体を起こして座位に至ること、両足で大地に立つこと、かぐわしい匂いにふれること、光に目を細めること、遠くに響く雷に耳を澄ますこと、人にふれること、人にふれられること…。
 そうした体験の多くは、どのような人でもほとんど共通の類似した内容をもつ体験となります。もちろん、人によってはひどくつらい体験をしたり、あるいは幸せに満ち溢れるような体験があったりすると、そのように体験の幅には違いが出てきます。しかし、それでも、人としての幸せや不幸や苦しみには、共通のものがあります。さらに、無意識的な身体的反応の中には、「人としての普遍的身体性と普遍的無意識」として捉えるべき共通の現象が多々あるのです。

そうした深い層の存在に気がついたとき、しみじみと感じることがあります―
「からだっていいな」「生きているっていいな」。
それは、生き物として生を受け継ぎ、生きていくことが本来的にもっている「快」であるはずです。そうした深い「生命」体験は、現代の情報社会の中でのさまざまなストレスや生きる意味の喪失を乗り越える大きなきっかけとなります。

「からだっていいな」「生きているっていいな」について

これについて若干のコメントです。
身体に痛みや病を抱えている方は、痛みの苦痛、また痛むのではないかという不安・恐怖の中にいることがあります。毎日の闘病生活がどれだけつらいか、やりきれないか…。そうしたとき、「身体は苦痛の元凶だ」「こんなにつらいのならば、身体なんかない方が良い」「いっそのこと死んだ方がいい」など悲痛な思いに囚われることがあります。身体の痛みや病に限らず、心の痛みや苦しさも死ぬほどのつらさを与えることがあります。

これは多くの人にとっては事実でありこのことを否定することはできないでしょう。しかし、不思議なことに、凄まじい激痛や苦痛、不安・恐怖の中にいる方が、何かの折にふいに「からだがあって生きているっていいな」と感じることがあります。
確かにそういうこともあるわけですが、それにしても、それは一体なぜなのでしょうか?

ボディラーニング・セラピーでは、そうした大きな転回がなぜ起きるのか、あるいは、どうしたらそうした転換が可能なのか、その理由の糸口に迫ることができます。基本的なことは、私たちには身体があり、それによって「感じること」「感じ取ること」ができるという事実にあり、それによって私たちは「苦」とともに「快」を感じるようにできている、ということに尽きます。
ボディラーニング・セラピーのレッスンの中で、このことを「身体と心と理性と」を通じて獲得していければと願っています。


 ボディラーニング・セラピーの展開の経緯 

*アレクサンダー・テクニックについて書かれた本に「ボディラーニング Body Learning」という言葉をタイトルに含んだものがあり「からだの学び」と訳すことができます。それに対して、ここで扱っている「ボディラーニング・セラピー」は、アレクサンダー・テクニックではなく、リラクセイションの身体心理学とともに認知行動療法的な観点をも視野に入れ、心理学的および臨床心理学的な要素を明確に含んだアプローチとして展開されてきました。
 舞踏ダンスメソドのワークショップ指導を海外で行ううちに、欧米人は一般に、「身体」を一つの物体として「自分」ということから分離する傾向ないし能力の高いことを発見してきました。リラクセイションをとってみても、日本では自分自身と他者との無意識的な癒着をゆるめ、「自分」ということを取り戻すことを主眼に置くことが多いのに対して、欧米では「自分」ということを一時棚上げして、他者や周囲の事物と融合していくことを通じて「一体感としての安らぎ」をどう実現するか、という展開が多くありました。
 日本人の心身の感覚が、精神科医・木村敏による『人と人との間』や哲学者・市川浩による『身の構造』で扱われているように、少なくとも欧米人のそれとは一定程度異なっていることを無視するわけにはいかないだけではなく、そうした差異を明確に取り込む必要がある訳です。

 ボディラーニング・セラピーとは、したがって、日本的な身体心理・身体文化、そして、そうした身体的感受性に基づいて展開されてきたという経緯があります。
それと同時に、日本発の創造的表現形式である「暗黒舞踏」に基づくところの「舞踏ダンスメソド」を主柱として展開されてきたことが特徴といえるでしょう。

「舞踏ダンスメソド」「身体文化」の詳細については→ こちらをご参照ください。


「ボディラーニング・セラピー」の基本的なレッスン

  1. 「腕のぶら下がり」実験について
    腕の脱力の困難さが発見される経緯とその実際を学び ます。身体の力を抜くこと、からだのリラクセイションがなぜ難しいのか…。そこには心理的な「落とし穴」があることを多くの人は気がつかないでいます。
    → 「リラックスについて」「ウツ状態について」


  2. 「身体の脱社会化」と社会性緊張の解放
    「社会性緊張」について学びリラクセイションの基本を実習します。
    身心の緊張の多くが本人の個人的な問題というよりも、相手との関係や場面状況による要因が関わっているものです。そうしたことが単に頭の中の理解としてではなく、無条件に反射的な反応として身体に組み込まれている可能性があります。


  3. 身体の「ぶら上がりとぶら下がり」
    しなやかに動き生きていくための身体の基本を体得 します。

  4. 「腕の立ち上げ」レッスン  [英語版]
    精神科ディケアなどで用いている同レッスンの詳細を学びま す。

  5. 「からだゆるめ」の方法
    身心が穏やかに安らいでいくための身体的アプローチを学びま す。

  6. 「ただし座」
    「上体のぶら上がり」の座位バージョンについて学びます。

  7. 「完全呼吸法」
    自発吸気を導く方法と身心のリセットについて学びます。

  8. 「観念誘導運動」と暗示
    無意識による自律的反応について学びます。
いずれの内容も 身体心理学的研究と現場での実践経験の中で確認されてきた方法であり、それぞれ理論的背景についての解説と実技とから成り立っています。
以上の内容からなるレッスンは、札幌ダンスムーブメント・セラピー研究所における実習科目「ボディラーニング・セラピー」、及び、竹内実花BUTOH研究所における「ボディラーニング・セラピー」において体験することが出来ます。


*無断転載をお断り致しま す。  (C)T.Kasai, 2006-2017

ボディラーニング・セラピー

ボディラーニング・セラピーは 札幌ダンスムーブメント・セラピー研究所 が支援しています。